タダじゃない公立学校
「公立だから無料」というのは正しいのだが、「どの公立に入れるか」という話は、思ったよりずっと複雑だ。
アメリカの公立学校には、大きく分けて三つの種類がある。住所で自動的に割り当てられる学区内の学校、特定のテーマや専門性を持つマグネットスクール、そして公的資金で運営されながら独自のカリキュラムを持つチャータースクール。息子が今通っているのはマグネットで、自分もそこからこの話に興味を持った。
学区内の学校は、手続きも何もなく入れる。地域のコミュニティと自然に繋がれる。ただ、「近所だから通学が楽」は必ずしもそうではない。バスが出ていても、指定されたバスストップが遠かったりして、結局送り迎えが必要、という話はよく聞く。一方で、その学校がどんな学校かは、住む場所で決まってしまう。選ぶ余地がないのが、いいところでもあり、きついところでもある。
マグネットスクールは、STEM(理数系)やアート、語学といったテーマに特化していて、学区を越えて志願できる。ただし、入れるかどうかは抽選や選考次第だ。倍率の高いところは、何年も抽選に外れ続ける家族もいる。息子の学校は一度の抽選で入れたのだけど、それはたまたまだったのかもしれない、と今でも思っている。
チャータースクールは、公立でありながら運営の自由度が高い。モンテッソーリ式や、プロジェクト型の学習を取り入れているところも多い。こちらも抽選制が基本で、入れる保証はない。そして、学校によって質がかなりばらつく。財政難で突然閉校する、という話もたまに聞く。選択肢として悪くはないのだが、「当たる学校を引かないといけない」という感じは否めない。
| 学区内校 | マグネット | チャーター | |
|---|---|---|---|
| 入学 | 自動(住所で決定) | 選考・抽選 | 抽選 |
| 住所制限 | あり | なし | なし |
| カリキュラム | 標準 | テーマ特化 | 学校独自 |
| 部活・スポーツ | 充実しやすい | 限られる | 限られる |
| 安定性 | 高い | 高い | 学校次第 |
| 閉校リスク | ほぼなし | ほぼなし | あり |
スポーツについては、学区内の学校が有利になりやすい。マグネットやチャーターはそもそも体育館やグラウンドといった施設が整っていないことが多く、競技チームを揃えるより勉強の環境に特化している学校が大半だ。NCAAへの進路を意識した練習環境を用意するのは、規模の小さい学校ではそもそも難しい。学区内の公立校は生徒数も多く施設も充実している分、部活の種類も競技の水準も上になりやすい。
地区によっては、マグネットやチャーターに通っている子が、住所で指定された学区内校のスポーツチームでプレーすることを認めている。学業はこちら、スポーツはあちら、という使い分けができる仕組みだ。ただし、認めているかどうかは学区次第で、確認が必要になる。
どの選択肢も、入れるかどうかは運と準備の話で、確実に入れるのは学区内の学校だけだ。だから「マグネットを狙いつつ、外れたら学区内に入れる」という動き方になる家庭が多い。そして、マグネットやチャーターの抽選が外れたときのことを考えると、学区内の学校の質がどうか、という話に戻ってくる。
ここで「いい学区に住む」という話が出てくる。
アメリカの公立学校の予算は、大きく三層に分かれている。州政府からの資金が約半分、地元の税収(主に固定資産税)が約半分、連邦政府からは残りの一割弱だ。州の資金は多くの州で生徒数に連動していて、在籍する子どもの数が減ると、そのまま学校に入るお金が減る仕組みになっている。地元の固定資産税は土地が高い地域ほど税収が多い。そこに、裕福な地域ではPTAの寄付がさらに上乗せされる。
問題は、この仕組みが悪循環を生みやすいことだ。学校の質が下がると、私立やホームスクールに移る家庭が増える。在籍者数が減ると州からの資金が削られる。予算が削られると質がさらに下がる。コロナ以降、アメリカ全体で公立学校の在籍者数は100万人以上減っていて、特に低所得地域の学校でこの傾きが急になっている。そこに、州が税金を私立の学費補助(バウチャー制度)に回す動きが重なって、公立の予算はさらに削られていく。「公立に通わせる余裕がないから抜ける」という層と「公立の質が不安だから抜ける」という層の両方が、同じ方向に動いている。
「いい学区の家は高い」というのは、不動産の話としてよく聞く。実際に物件を見ていると、同じ市内でも、学区が変わるだけで家賃や売値が目に見えて変わる。Zillowで家を探す親が、間取りと同じくらいの熱量で学区スコアを確認している、というのはよくある話だ。
おかしいとは思う。でも、子どものために高い家賃を払う、という選択をしている親の気持ちも、わからなくはない。「公立だから無料」と言いながら、実際には住む場所を通じてすでに値段がついている、というのが現実に見えてくる。
マグネットやチャーターは、その不平等を多少なりとも和らげるために作られた仕組みだと思う。住所に関係なく、合う学校を選べるようにする、という発想だ。ただ、「外れたら元の学区に戻る」という前提がある限り、「保険として、いい学区に住んでおきたい」という動機は消えない。
制度は選択肢を増やしてくれた。でも、選択肢を追える立場にいられるかどうかは、また別の話だ。
もうひとつ、あまり表立って語られない話がある。わざと学区内の弱い学校に入れる、という選択だ。学力の高い子を、レベルの低い環境に置くと、成績上位に入りやすくなる。大学入試では出身校の中での立ち位置も見られるから、競争の少ない学校でトップを取るほうが有利になることがある。小さな池の大きな魚、という戦略だ。
そういう計算をしている親が一定数いる。同時に、そもそも学校に何も期待していない、子どもの教育にとくに関心がない、という親もいる。同じ「学区内の学校に入れる」という結論でも、その中身はまったく違う。でも制度の外からは見えない。
いい学区に住むために高い家賃を払う親も、弱い学区を戦略的に使う親も、無関心な親も、子どもは同じ公立学校の中にいる。制度は中立に見えて、使い方はまったく中立じゃない。