日常のこと

私立のプレスクールでも、追い出された

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最初の園を出たあと、次に入れたのは、進学私立校のプレKだった。

アメリカの私立校には、自分のところの小学校に直結するプレKを併設しているところがある。早めにそのルートに乗せておきたい家庭が入れる場所だ。父親がそういうルートに乗せたがったので、ものは試しに、と入れてみた。

そこは、いわゆるお勉強系のプレだった。机に座って文字を書く、数を覚える、時間割に沿って動く、ということが3歳・4歳のうちから始まる。日本でいうお受験幼稚園に近い雰囲気だと思う。

息子は、まず座っていられなかった。授業中に立ち上がって、そのまま教室から出ていってしまうことが何度もあった。そのたびに呼び出された。「廊下に出てしまいました」と。

担任の先生は、いい人だった。息子のことをちゃんと見ようとしてくれていたし、こちらに当たり散らすようなこともなかった。

ただ、最終的に校長に直接呼び出されたときは、面談というより、抗議に近い言い方だった。「幼稚園児でもあるまいし、これくらいできないと困ります」「親御さんの方でなんとかしていただかないと」。息子のことを理解しようとする態度はまったくなく、3歳の本人の人格をまるごと脇に置いた話し方に、正直、唖然とした。

絶対、こんな学校には来ない、と思って帰った。

ただ、いま冷静に振り返ると、まず合わなかった、というのが一番正確な言い方だと思う。3歳の子どもに「幼稚園児でもあるまい」と言ってしまうその学校の発想と、まだ椅子に座れない息子の状態は、はじめから噛み合っていなかった。プレKは、幼稚園児が幼稚園児であることを前提にした場所のはずなのに、そこで「幼稚園児的な振る舞いでは困る」と言われる時点で、その学校が想定している「子ども」は、かなり狭い範囲の子どもなのだろうと思う。

ちなみに父親はこの件についてはずっと未練を残していて、息子が別のところに移ってからも「あの学校に戻したい」と言い続けた。小学校に上がる時にも、中学校に進む段階にも、何度か蒸し返された。そのたびに、私は断固として反対した。3歳の息子を「規格外」扱いした学校に本人を戻すことには、どうしてもなれなかった。自我が出た息子も、あの学校のことは覚えていて、今でも「行きたくない」と言う。私も、あの学校に戻すことは絶対にないと思う。

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