自閉症児とことばの選択
子どもをバイリンガルに育てたい、と思っている親御さんはよくいる。アメリカで子育てをしていると特にそうで、「家では日本語、外では英語」という家庭も少なくない。
私も最初は、あまり深く考えずに日本語で話しかけていた。息子が2〜3歳のころ、ほとんど日本語しか使っていなかった。でも息子は、ほとんど言葉を発しなかった。
最初に出た言葉は英語だった。「CAR」。
自分の車を指差して突然言ってきたのを覚えている。なんでその単語とは思ったが、トミカを走らせるわけではなく、ただきれいに1列に並べてたことを思い出す。それが息子の遊び方だった。4歳ごろになっても、単語はいくつか出るようになってきたけれど、会話——言葉のキャッチボール——はまだできなかった。
言葉の遅れに気がついてから、自閉症と診断されるまでのあいだ、私はそれほど「どの言語で話しかけるか」を意識していなかったと思う。ただ目の前の息子に話しかけていた。
転機になったのは、地域のChildfindを通じて発達支援のプレスクールに通い始めてからだ。そこから少しずつ、息子の言葉が増えていった。英語で。
そのころ、Childfindの精神科医にはっきり言われた。言語は絞ったほうがいい、と。
今、息子が使うのは英語だけだ。バイリンガルではない。父親も英語が母国語ではないけれど、息子の言語は完全に英語になった。
それでよかったと思っている。
言語の遅れがある子、自閉症のある子にとって、言語の習得はそもそも大きなチャレンジだ。そこに複数の言語を乗せることは、さらに負荷をかけることになる。「マルチリンガルに育てたい」という親の気持ちはわかる。でも、それは親の希望であって、子どものニーズではないこともある。
普通の子をバイリンガルに育てようとしている親御さんにも言いたい。まず子どもを優先してほしい。今いる環境の言語を、しっかり根づかせることが先だ。特に、ことばに困難のある子にはなおさら。
マルチリンガルは、その先にある話だと思う。
ちなみに、父親が自分の言語を習わせようと始めさせたDuolingoだが、とっくにその言語はやらなくなった。今はストリークを切らせないために細々と日本語とチェスで続けているみたい。興味のとっかかりをつくってくれたことだけには、感謝している。